媚薬を10本飲まないと出られない部屋×2

*輝く月の夜にシリーズのふたりの場合*

 ……いつのまにか、知らない部屋に運び込まれていた。
 奥にはピンクのレースにまみれた天蓋付きの巨大なベッド。上掛けもシーツも枕もすべてショッキングピンクで揃えられたそれは狂気を感じるほどおぞましい。その横に、プラスチックの安っぽいテーブルがあり、ずらりと瓶が並べられていた。
 その数、十本。
 一本の瓶の下に縁の破れた汚らしいメモが挟まっていた。

『この媚薬を全部飲んだら、ここから出してあげる』

 ミミズがのたくったような読みにくい文字。悪意をまざまざと感じる。

「これはまた、随分と趣味が悪いですね」
「どうしよう」
「──飲むしかないでしょうね。そうすればここから脱出できる」
「これ全部?」
「ええ」
「十本って…多くない…?」
「多いですね」
「……半分ずつ、飲もうか」
「まさか、シエル。こんなものを貴方に飲ませるわけにはいかない」
「え?」
「私がすべて飲みます」
「待って、セ、バ…」
「全部飲みきったらここを出て、家に帰りましょう」
「でも…」
「大丈夫、心配しないでください。この程度の媚薬、何ほどのこともない」
 
 しかし一本、また一本と飲むうちに、セバスチャンの様子は次第に変化してきた。息は荒くなり、額には汗が浮かび、からだが火照るのか、シャツのボタンを続けざまに三つはずしている。ベッドに腰掛け、ふうと大きく息をついた。
 瓶はまだ四本残っている。
「セバスチャン、大丈夫……?」
 聞かれて、セバスチャンは切なげな視線をシエルに投げかけた。
「……シエル、申し訳ないのですが、少しだけ、我慢できますか?」
「我慢?」
 セバスチャンはシエルのからだをゆっくり引き寄せると、自分の膝の上に横抱きに乗せた。つややかな銀の髪に指を入れ、やさしく梳く。その指がひどく熱い。何度も髪を愛撫されているうちに、シエルの腰が少しずつ熱を持ち始める。
「シエル……」顎をくいと持ち上げられ、唇を奪われた。
「ん……ぅっ」
 くちづけは少しずつ深くなり、厚く柔らかい舌がシエルの舌に絡みつく。甘噛みされ、軽く吸われて、びりびりと背筋に甘い痺れが走った。
「ねえ、シエル」
 耳に熱い吐息がかかる。
「お願いです、ほんの少しだけ我慢して…よくしてあげますから…」
 欲望の滲んだ声でささやかれ、シエルのからだの奥がきゅっと疼いた。

<続く?>

*カフェを始めたシリーズのふたりの場合*

 『鳩と黒スグリとコケモモ亭』は本日休業だ。
 別に休みたかったわけじゃない。
 いつものように鳩に起こされたセバスチャンが階下に降りた時にはもう、玄関の扉はもちろんのこと、窓という窓は外から塞がれていて、僕たちはカフェから一歩も外に出られなくなっていた。そして扉の隙間には小さなカードが差し込まれていた。

ææææ

この媚薬を10本飲んだら、解放してあげるわ madam S
 
ææææ

「貴方のせいでとんでもないことになりました」
「お前があのマダムを振ったからだろ。僕のせいにするな」
「おや、あの方とおつきあいしてもよかったのですか? それならそうと」
「っ、るさい! それよりも早くここから出る方法を考えろ」
 フンとセバスチャンは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
 テーブルの上にずらりと並んだ忌々しい瓶を顎で指す。
「これを全部飲めばいいのでは?」
「それが嫌だから考えてるんじゃないか」
「さっさと飲んだ方が得策です」
「ならお前が飲め!」
「いやです」
「はぁっ? じゃ、僕が飲んでやる」
「だめです」
「…………」
「…………」
 ああ、僕たちの頭上をお馴染みの沈黙の天使が通る。
 いつものごとく、しずしずと。裳裾をずるずると引きずって。
「で?」
「──で?」
「で?」
「──で?」
 もうっ!『で』だけで会話する余裕なんてないよ!
「で、どうするんだっ? いつまでもここにいる気か?」
 問い詰めると、セバスチャンはしばし考え、それから口を開いた。
「──貴方が飲んでください」
「え、僕が? 全部?」
「ええ」
「さっきだめだって言ったろ?」
「さっきはさっき、いまはいまです」
「いや、でも、あれって、媚薬だろ? 飲んだら、おかしくな…」
「おかしくなったら、抱いてあげます」
「な……っ?」
「貴方が正気に戻るまで何度でも」
「~~~~ッ」
「悪い話ではないでしょう?」
「悪いに決まってるだろ!」
 セバスチャンはニヤリと笑って、ぐっと顔を近づけた。
 耳元に唇を寄せ、蕩けるような甘い声でささやく。
「試してみたいくせに」
「っ?!」
 なに言ってるんだ!したくなんかない!
 お前が飲めばいいじゃないか。なんで僕が飲まなきゃならない?
 僕の抗議などものともせず、セバスチャンは僕の襟首を掴んでずるずるとテーブルへ引きずっていく。
 椅子に無理やり僕を座らせ、瓶を一本手に取った。
「さあ、口を開けて」
「いやだ!」
「飲まないといつまでも閉じ込められたままですよ」
 真顔で迫る。
 怖い。
 真剣に怖い。
 少し病み気味の僕の恋人に逆らうなんて、とてもじゃないけど怖くてできない。
「わ、わかった。自分で飲むから」
 震える手で媚薬の瓶を受け取り、一気に口の中に流し込む。
 瞬間。
 全身に火が駆け巡った。

<続く?>