しゃらっぷきすみー

「坊ちゃん。本日のおやつは『木苺のシャルロット』でございます。自社農園の卵を使ったビスキュイ・ア・ラ・キュイエールに生クリームたっぷりのムースを入れ、デコレーションに伯爵領で穫れた新鮮な木苺を…ぐッ…?!…」
聞き飽きた。
僕が聞きたいのはそんなことじゃない。
手を伸ばして、ケーキの上の木苺を一つ掴み、奴の口の中に押し込んだ。身を乗り出し、机の上に両膝をついて、奴の耳を掴む。
「…ヲッタン?…」
まだ何か言おうとしている奴の唇にもう一つ木苺をねじこんだ。顎を引き、端正な顔をしかめて僕を見る。
「木苺が、食べたい」
クスッと目だけで笑われたと思ったら、いきなり身体が浮いた。ぐいっと抱きすくめられ、髪の間に長い指が入り込む。奴がくわえた木苺を唇に押しつけられて、口を開けた。ひやっと冷たい木苺が中に滑り込んだ。
「…ん…ッ」
熟れた実がつぶれて、甘酸っぱい果汁が広がる。飲み込まないうちに、もう一粒、無理矢理、中に押し込まれた。奴の口の中で少し温かくなっていた実はすぐにとろけて喉を通る。
「…は…ふ…」
息を吸いたくなって、口を開いた途端、唇を塞がれた。…甘い、木苺の味がする。僕の意志とは別に舌が勝手に動いて、はしたなくあさる。
「本当に貴方はイケナイ子ですね?」
「…ゥ…木苺が食べたいと言っただけだ」
「そんなに目を潤ませて…。木苺だけでよろしいのですか?」
「………」
「坊ちゃん?」
ここでいいと言ったら、きっと奴は言葉通り受け取って、ニヤニヤ笑いながら去るに決まっている。そんなことはさせない。僕はかぶりをふって、腕を奴の首に回す。
「ちゃんとおっしゃってください」
「…うるさいっ。黙って……」

ーーキスしろ。

聞こえるか聞こえないかの声だったけれど、奴の耳がそれを逃すわけがない。しっかりつかんだ頭を引き寄せ、僕にキスを………深い…キス…を…する。
「…ん、……んん…」
からだに力が入らない。息ができない。苦しい。閉じた目の前を赤や青の斑点がちらちら揺れている。溺れる…ふいに顔が離された。
「坊ちゃん、鼻で息をして…」
奴の瞳がいつもの紅茶色から紅いルビーの瞳に変化している。うなずいて、もう一度奴の唇を求める。痺れるような感覚が背中を這い上がって来る。思わず奴の首にしがみつく。…舌が奥まで入り込んで、歯を、上顎をなでた。
「…………!」
からだがのけぞった。背中を支えていた腕が腰に回され、僕は机の上に押し倒される。ケーキの皿が机を滑って床に落ちた。
「あ」
「気になさることはありません。あとでいくらでも作って差し上げます」
広くなった机に僕の両腕を押さえ付けて、奴は僕の唇をむさぼる。も…う、だめだ、頭がおかしくなる。僕が顔を背けても奴は許してくれない。肩に力を入れて逃れようとしても、のしかかって封じてしまう。
「だめですよ、坊ちゃん。ねだったのは貴方のほうでしょう?」
「~~~~ッ」
「泣きそうなお顔もかわいらしい。もっと、ですか?」
「…ヤ…いや、もう、いい…」
「ほんとうに?」
「…お前、ずるい…ぞ…」
「なにがです?」
「その、声。声がいつもと違うッ…」
「…嗚呼」
「そんな声で…言われたら……ッ」
「言われたら、なんです?」
信じられないほど甘い声で囁かれる。やめろッと言いたいのに舌がもつれて言葉にならない。奴の唇が、指が、恋しい。僕の口元からこぼれた涎を親指ですくい上げ、濡れた指先を口の中に入れてくる。上顎をくすぐり、繰り返し、繰り返し、なぞる。
「…は…ぁ…あ……あッ…」
「坊ちゃんこそ、そんな声を」
「……ッ…セ…バス…チャ…」
「私のほうが辛くなってしまいます」
「…!…」
……僕だけじゃない、こい…つも……。
「もっと…でしょう?」
僕は奴を見る。焦点がうまく合わない。顔にかかった黒髪、綺麗…な、あ…かい…瞳、あ…かい唇。唇。くちびる。奴の声が遠くに聞こえる。
「もっと欲しいんじゃないですか?」
「……………」
奴は唇を首筋に這わせた。舌で軽く舐め上げる。
「…あ…あ…ッ……」
とても自分のものとは思えない声が漏れる。耳に生温かい舌を差し込まれて、からだがぴくぴく痙攣して。だめだ、止まれ、僕…ッ、だめ…。耳から顎へ、首筋へ、舐め回され、その度にからだが震える。手首を離されて、自由になった僕は、燕尾服の肩をぎゅうっと握りしめて、震え続けるからだをかろうじて抑えた。
「我慢しなくていいんですよ。気持ち良いのでしょう?」
コクン、コクンと僕はうなずくことしかできない。
もっとキスを。キスして。この身が、骨が、溶けるぐらい、キスしてーー。