おやすみ、セバスチャン

近未来パロです。
AIセバスチャンと天才科学者坊ちゃんとの愛の物語。
第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話(完結)

3
微熱

「……さて」
 呟くと、セバスチャンは静かにベッドを下りた。
 深く寝入った主人の細い肩が冷えないように、薄手のウールの上掛けをきっちりとかける。
「おやすみなさいませ、坊ちゃん」
 愛おしそうに額にくちづけ、シエルの顔を見つめて、甘く優しくささやいた。
 だが、すっとからだを起こした瞬間、それまでの優しさの一片すらうかがえない、凍てついた表情に豹変していた。
 白手袋を嵌め直し、外を窺う。
「……今夜のお客様は全部で五十人といったところでしょうか。子どもひとり殺すにしては多いですね」
 顎に手を添え、クスリと笑う。
 窓をそっと開け、後ろ手に閉めると、音もなく屋根に飛んだ。

***
 夜陰にまぎれて、ファントムハイヴ邸に忍び込んだ暗殺者たちは困惑していた。
「なんだ、これは……っ」
「ひぃ!」
「しっ、声を立てるな」
「で、でもっ」
 あちこちで上がる小さな悲鳴。
 彼らの足には、まるで砂糖に群がるように、無数のアリたちがたかっていた。
 アリは上へ上へと這い上がり、いくら振り払っても次から次へと執拗に登ってくる。腕に、首に、顔にまとわりついて、強靭な顎で素肌に噛みつく。
 その痛みときたら、熱く鋭く到底がまんできるものではなかった。
 必死に払いのけていると、突然、地面が傾斜し、蟻地獄のような円錐型の巨大な穴が現れた。
 ちっぽけな虫に気をとられていた侵入者たちはあっという間に巨大な蟻地獄に吸い込まれ、すみやかに穴は閉じる。
 もはや悲鳴は聞こえない。
 もがき苦しむ何本かの腕が宙を掻き、大きく痙攣したかと思うと、ばたりと力なく垂れた。

 池のほとりでは猫たちが赤く目を光らせている。
 刺客が通りかかるのを狙って飛びかかり、その鋭い爪は暗殺者たちの衣服をやすやすと破り、皮膚に深く食い込んだ。狙撃しても、恐ろしいほどの速さで走る猫にはあたらず、いたずらに弾を消耗するばかり。
 かと思えば、葉陰に隠れていた鳥たちが一斉に羽ばたき、錐のように尖ったクチバシで襲いかかってくる。
 ようやくその場を逃げのびても、今度は柵の中でおとなしく眠っていたはずの羊たちが静かに忍び寄り、草を食むように彼らの太ももを噛みちぎった。

 仲間たちがひとり、またひとりと消えていく。
 暗殺者たちは戦慄した。
 森の中で、暗闇の奥で、動物たちに攻撃されているのだ。
 そう、たかが動物に!
 一歩先になにが潜んでいるのかわからない。
 足がすくんで動けなかった。
 だが、自分たちはプロだ。依頼された仕事は完璧にこなさなければならない。
 まさか森の動物や虫が怖くて、引き返したなどど報告するわけにはいかない。

 ひとかたまりになって、おどおどと屋敷に向かって進んでくる一団を屋根から俯瞰していたセバスチャンは、くつくつと喉の奥で笑った。
「まるで怯えたうさぎのよう……」
 あの森にいるすべての愛らしい生き物は、我が主人シエル・ファントムハイヴが造った器械仕掛けのロボットだ。いつもは森の中で息づく生き物のフリをしているが、地を這うアリはもちろん、猫もフクロウも、羊ですら、すべて器械。ファントムハイヴ家に仇なすものたちを排除するよう、主人が造り、プログラムしたものだった。
「ですが、そろそろ鳴きやんでいただかなくては。坊ちゃんが起きてしまいます」
 セバスチャンは屋根から一気に下降し、森の中にふわりと降り立った。
 燕尾服の襟を整えながら、木立の中を足音ひとつ立てず、ゆったりと歩き、暗殺者の前に出ると、優雅に一礼した。
「みなさま。ようこそ、ファントムハイヴ邸へ」
「……っ」
 突然現れた黒づくめの男に、刺客たちは息をのみ、思わず一歩後ろに引き下がった。
「な、なんだ、お前っ!?」
 よく見れば、現れた男は執事のなりをしている。
 暗殺者たちのひとりが、
「お前……執事、か?」
 と尋ねれば、セバスチャンは穏やかに微笑み、
「さようでございます。おや、大分お仲間を削られたようですね。一人、二人、三人……なるほど、いまいらっしゃるのは二十名さまですか」
「っ、呑気に構えてんじゃねぇよ。さっさとてめえのご主人様のところに案内しろっ」
 銃をセバスチャンの横腹に当てて、ぐいっと乱暴に押す。
「ほら、歩け!」
 命じられても、セバスチャンは動かない。
 端正な顔に笑みを浮かべたまま、平然と彼らに向き合っている。
「ちっ、こいつ、状況を全然わかってねえようだな、少し脅かしてやれ」
 セバスチャンに銃を押しつけていた男が、いきなり引き金を引いた。
 弾はセバスチャンの脇腹をえぐりとり、ザッと地面の砂を散らす。
 が、しかし──。
 撃たれたはずの執事は涼しい顔をして、相変わらず同じ場所に立っている。
「え……ッ?」
 なにが起きたのか暗殺者たちにはまるでわからなかった。
 セバスチャンはクスッと笑って、
「反撃、といきましょうか」
 戸惑う暗殺者たちに構える隙を与えず、素早く銀のナイフを数本投げつけた。その刃は月光に煌めき、華麗にカーブを描いて、容赦なく彼らの首を切り裂いていく。
「貴様っ!」
「ちくしょう……!」
 生き残った数人の刺客たちは、恐慌に陥ってセバスチャンに向かってサプレッサー銃を連射した。ビシ、ビシと弾が当たるたびに、燕尾服に次々と穴が開いていく。
 だが。
「え……?」
 男たちはどこかおかしいことに気づいた。
 よく見れば、セバスチャンのからだから、血がまったく流れていない。
 燕尾服の銃穴から一滴の血も落ちていないのだ。こんなことがあるはずはない。
「お、お前……?」
「嗚呼、こんなに穴を開けられては、もうつくろっても着られませんね」
 お屋敷から支給された大切なものなのに、と燕尾服を見下ろして嘆く姿に、暗殺者のひとりが唇をわななかせて呟いた。
「お前、ひょっとして、ヒト型…AI……か?」
「ようやく、お気づきになりましたか」
「そんなバカな……! 嘘に決まってる! AIは俺たち人間を攻撃できないはずだ! そうだろ、こいつは、AIじゃないっ、人間だ。奴が着てるのは、特殊な防弾スーツなんだ!」
 それを聞くとセバスチャンは、ひょいと肩をすくめた。
「いいえ。私はあくまでAI──ただし、特別な、ね」
 高くジャンプすると、宙に浮かび、暗殺者たちを続けざまに攻撃して、その命を刈り取っていく。
「ひ……いいっ」
 セバスチャンの攻撃をかろうじて避けたひとりの男は、仲間たちの惨状を目の当たりにして、尻餅をつき、ずるずると後ずさった。
 その襟首をぐいっと掴み、
「どうやら貴方が最後の一人らしいですよ。そろそろお話していただきましょうか?」
「な、なにを……?」
 男の目は泳ぎ、恐怖のあまり口からはよだれを垂れ流している。
「やれやれ。しっかりなさってください」
 セバスチャンは男の両肩を掴み、目を合わせた。
「貴方たちの依頼人はどなたです? 教えてくださらないと、お仲間と同様、その頭が胴体とお別れしてしまいますよ」
「い、言う! 言うから、助けてっ……、助けてくれ!」
「ええ、もちろん。素直にお話くだされば、解放して差し上げます」
 セバスチャンは陶器の人形のように美しい顔を近づけ、にっこりと微笑んだ。その笑みの真の意味に男は気づかない。一本の儚い蜘蛛の糸にすがるように、男は口を開いた。
「お、俺たちに仕事を依頼したのは…………」

***
「ゆうべはご苦労だったな」

 翌朝、シエルはいつものようにベッドに朝食を運んできた執事に声をかけた。
「おや、ご存知でしたか、坊ちゃん」
 セバスチャンは流れるように美しい仕草で、香り高い紅茶をこぽこぽとティーカップに注ぎ、主人に差し出す。
「僕の可愛い『森の動物』たちが何匹か行方不明だからな。シグナルが消えているぞ」
「嗚呼、申し訳ありません。随分彼らに痛めつけられてしまいまして……。治して差し上げようとしたのですが、残念ながら坊ちゃん、いまの私の腕前では完璧には治せませんでした」
「ふん。なにもかもお前にこなせたら、僕の出番がなくなる。あとで、調整室に持ってこい」
「かしこまりました」
 頭を軽く下げたセバスチャンに、
「で──結局、あの女の仕業だったんだろ?」
「さすが坊ちゃん。ご明察です」
「あのプライドの高い女が、僕とお前に恥をかかされたんだ。あれで済むわけがない。契約は破棄できないが、悔しくて悔しくて、腹がおさまらなかったんだろう。それで思いついたのが、僕の暗殺だ。まったく想像以上に単純な女だな」
「ええ、そのとおりです。あのおつむで政権の中枢にいられるとは、世も末ですね」
 クスッとセバスチャンが嗤う。
「泥を吐いた暗殺者はどうした?」
「お話をじっくり伺ったあと、解放して差し上げましたよ。ボロボロになった肉体から、ね」
 聞いて、シエルの顔が暗くなった。
──きっとこいつは黒豹のように人間の命を狩ったのだろう。楽しげに。冷酷に。
「セバスチャン……あまりむごいことはするな」
「なぜです。坊ちゃん、私にも少しは楽しませてくださらないと。私は人間がどこまで持ちこたえられるのか、知りたいのです」
 シエルは嘆息し、もういいと手を振った。
 紅茶を飲み干して、ベッドから足を下ろす。すかさず、セバスチャンはひざまずいて、主人の小さな足を膝に乗せ、シルクのソックスを履かせ始めた。
「しかし、あの女もばかなことをしたものだ。『人間』を寄越すとはな」
「ええ、本当に愚かです。たったひとつしかない『命』なのに、すっかり無駄にしてしまって……。ですが、坊ちゃん。彼らは、AIに殺人は不可能だと信じ込んでいるのですから、この場合、生身の人間を派遣するしかなかったのでは」
「はっ、ロボット工学三原則か。くだらない」
 シエルは吐き捨てるように言った。

***

 ロボット工学三原則。
 それは20世紀のとあるSF作家が空想物語の中で作りあげた、ロボットと人間との『ルール』である。
「いわく、
1.ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を見過ごすことによって、人間に危害を及ぼしてはならない
2.人間の命令に服従せねばならない。ただし1に反する場合はこの限りではない

  1. 1、2に反する恐れのない限り、ロボットは自分の身を守らなければならない……随分と人間に都合のよいルール、ですね」
     セバスチャンは肩をすくめた。
     このルールは今では物語世界を飛び出して、現実の社会に適用されている。すべてのAIロボットにはこの三原則にもとづいた電子チップを埋め込むことが義務付けられており、違反すれば電子チップが反応して、ただちに器械は破壊される。
     しかし、シエルが造ったこのセバスチャンというAIには、「ロボット工学三原則」の電子チップは、埋め込まれていない。もちろん、それは「ルール違反」だ。知られれば、シエルは犯罪者として拘束され、ファントム社のトップといえども懲役刑は免れないだろう。
    「だが、なぜ反則がいけない? この世界は、ルールに従わなくては勝てないチェスのようにはできていない。必ず反則をする騎手も、裏切る駒も出てくる。そういうものと対等にゲームをしようと思ったら、僕も反則をしなければ勝てないだろう?」
    「ええ、そのとおりです。坊ちゃん」
     たとえば、私にハニートラップを仕掛けさせることもね、とセバスチャンは思ったが、それは言わずにおいた。
    「お前は僕の盾であり、剣だ。いざというときに、僕を守れないようでは何の役にもたたん。それに……」
     シエルは言いかけて、口を閉じた。
    「それに?」
     セバスチャンが促すと、シエルは「いや」とかぶりを振った。
    「僕らが生きるこの世界では、油断をすればすぐにチェックメイトだ。足元をすくわれないようにしろよ」
     着替えを終えたシエルはぐっとセバスチャンを睨みあげた。
     決意にあふれた強く美しい眼差し。
     思わず、セバスチャンは息を止め、見惚れてしまう。
    「セバスチャン?」
     訝しげに呼ばれて、はっと我に返った。
    「ええ、坊ちゃん。わかっています。ここを訪れた者は、誰一人として生きて帰れません。いくら彼女が有能な政治家でも、坊ちゃんには傷一つ付けられませんよ」
     答えれば、シエルは満足そうにうなずいた。  襲撃はその後数回続いたが、そのつどセバスチャンと『森の動物』たちが撃退した。 
     政府高官の女は、ファントムハイヴ邸に送り込んだ数百人の刺客があとかたもなく消えてしまうことに、次第に恐怖し始めた。精鋭の暗殺者たちをいったい誰が殺しているのか。
     ファントムハイヴ伯爵は凄腕のスナイパーを雇っているのか、それとも──ひょっとしたらあのセバスチャンというAIが……と疑わないでもなかったが、ロボット三原則に従わないAIなど存在しない。疑惑を抱きつつも、このままでは部下を削るばかりだと諦め、ギリギリと歯ぎしりをしながら引き下がったのであった。

***
 ファントム社のすべては順調だった。
 シエルは手に入れた利権で市場を独占し、続々と新しいAIロボットを出荷した。中でもウサギ型AI『ビターラビット』たちは性能の割には安価で、人々に喜ばれた。肌に優しい素材で作られた可愛らしいロボットは子供たちに愛され、ときに彼らの友達であり、またときに教育係にもなった。中には家政をまかされ、執事のような役割を担っているものもあった。
「おかえりなさいませ」
「お食事の用意ができております」
 愛らしい姿でそう迎えられると、子どもだけではなく大人も顔をほころばせ、その売り上げは増加の一途をたどった。

 すべてが順調のその中で、セバスチャンにはひとつだけ気になることがあった。
 主人が頻繁に熱を出す。
 たとえ微熱程度であっても、前にはなかったことだけに不安が拭えない。
「坊ちゃん、具合は悪くありませんか?」
 甘く濡れた唇を離して、セバスチャンは心配そうに訊ねた。
「別に。いつもどおりだ」
「もう一度、測らせてもらえませんか」
「お前──本当は、僕とキスしたいだけなんじゃないのか?」
 シエルは頰を赤くして睨んだ。
 まったく。この獣を少々甘やかしすぎたようだ。
 そう言いたげな主人の顔を、セバスチャンは両手で優しく包み込む。
「心配なのです」
 強く訴えれば、シエルはわかったわかったと手を振って、目を瞑った。
「……ん」
 唇を割って、セバスチャンのあたたかい舌が入ってくる。
 シエルはこういうときのセバスチャンが嫌いではなかった。
 人間に素肌を触れられることは絶対に拒んだが、自分が造り上げたこのAIにだけは、心許せたのである。

 天才科学者シエル・ファントムハイヴが両親とともに何者かに連れ去られたのは、彼が十歳のときだった。一ヶ月後、両親は惨殺死体で発見され、シエルはその傍らで泣きもせず、うずくまっていた。シエルの記憶を頼りに犯人の捜索が行われたが、杳としてその行方は知れず、事件は未解決のまま幕を閉じたのだった。
 それからしばらくして、ファントム社の若き社長として君臨したシエルは、もう以前の彼ではなかった。ほがらかな笑顔はなりを潜め、いつも唇を一文字に噛み締めて、なにもかも見通すような強い視線で大人でさえも圧倒した。
 けれど、生還したシエルは素手で人間に触れることができなくなっていた。それは監禁中に陵辱されたからだともっともらしく噂する輩がいたが、シエルは無言を押し通した。
 シエルはビジネスの場での握手は手袋をしてどうにか切り抜けていたが、ハグは苦手で、両手を広げて迫ってくる相手には、すぐにセバスチャンが「風邪気味で」などの理由をつけて、さりげなく守ってくれるのであった。

「お前に触れられるのはちっともいやじゃないのにな」
 シエルはそっと唇を離してつぶやいた。
「なんです?」
「──生身の人間は信用ならないんだ」
 シエルは頭をセバスチャンの胸にもたせかけた。セバスチャンはやさしく抱きしめ、細い銀の髪に手を入れて丁寧に梳く。
「だから、坊ちゃんは私をお造りになったのですか?」
「──……それもある。この世界で僕が唯一信じられるのは、僕が造りだしたお前だけだ」
「それはそれは恐悦至極に存じまする」
 いきなりセバスチャンの口から出た骨董品のようなセリフを聞いて、シエルはぷっと笑い出した。
「お前……覚えたばかりの言葉を使うチャンスを狙っていたな? いったいいま何を読んでいるんだ?」
「内緒です。それよりも坊ちゃん。休暇について真剣に考えてくださらなければ。いくらなんでも働きすぎです。ここ数週間の睡眠時間は平均4時間。13歳の育ち盛りの子どもにしては短すぎます。きっとそれでときどきお熱が出るのでしょう」
「子どもっていうな!」
「とにかく! 来月には必ず休暇を取ってください。坊ちゃんが倒れたら、ファントム社は終わりです」
「わかったわかった」
 実際のところ、シエルの忙しさは常軌を逸していた。AI市場を独占すればしたで、その分新たな商品を生み出さなければならない。シエルの仕事は急増し、屋敷に戻れないときもしばしばあったのである。
「なぜ、こんなに無理をしてまで市場を独占しようとするのです。ファントム社の資産は世界で5つの指に入ります。こんなに働かなくてもよいでしょう」
「だから、バカだというんだ、お前は」
「え」
「いいか、お前に惚れた政府高官みたいな奴らに市場を独占されてみろ。奴らは利益のために、最先端の武器を市場に流して、世界を我が手中におさめようとするぞ。武器の販売利益はえげつないからな。あらゆる場所で無意味な争いを起こし、武器製造に励むだろう。危険なことこの上ない」
「なるほど。では坊ちゃんは自社製品で平和な社会をつくろうとしているわけですか」
 確かにシエルの造るものは、ビターラビットシリーズのように家庭的でやさしい器械たちが多い。どのボディもあたたかみがあって気持ちを癒す。
「まさか。僕ひとりでユートピアなど実現できるわけはない。だが、危険な奴らを少しは排除できるだろう。だから、僕が市場を把握しておきたいんだ。わかったか」
「はい」
 セバスチャンは唸った。そんな考えは微塵も浮かばなかった。
 主人はあくまで自社の利益を追求しているのだと、思い込んでいたのだ。
「やはり、坊ちゃんにはかないません」
「僕がお前より劣っていたら困る」
 シエルはフンと鼻息を荒くする。
「ですが、坊ちゃん」
 と、セバスチャンは口調をあらためた。
「休暇は必要です。しっかりと休みをとったほうが効率的に仕事ができると、坊ちゃんもわかっておられるのでは?」
「いま進行しているプロジェクトが終わったら、休む。ゆっくり休める場所を探しておけよ、セバスチャン」
 どこに行くのか今から楽しみだと、シエルは笑った。

to be continued….