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アルコールランプの蒼い光がゆらゆらと揺れている。
ステンレススチールのスプーンを静かにその上にかざす。蒸留水に白い粉が溶け、やがてごく微量の透明の液体が水銀のように重く溜まる。片手に極細のガラスの注射器を持ち、針を入れ、吸い上げた。わずか十ミリリットルに満たない透明の液体が、注射器の中におさまる。
傍らのベッドを見遣れば、十代のスウェーデン娘が夢見るように、こちらの手元を見つめている。
黒絹の猿ぐつわは唾液でじっとりと濡れそぼり、両手首は頭上で手錠を掛けられ、足ははしたなく広げられ、左右それぞれ、ベッドの柱に括り付けられていた。
絹の白いナイティは汗に濡れ、肌が透けてみえるほどだ。
ベッドに腰をかけた。ぐっとスプリングが沈む。注射器の乗った銀の盆を、わざと女から見えるところに置いた。
彼女の視線はずっと注射器に張り付いたままだ。
──お願い。欲しい。打って。
この透明な液体が欲しくて堪らないのだ。そのためならどんなことでも彼女はするだろう──そう、文字通りどんなことでも。
「おねだりの仕方は教えたでしょう?」
セバスチャンが甘くささやくと、女は視線をこちらに向けて、かすかに頷いた。
──中略──
「調教師」という名で呼ばれる。
馬やSMの調教ではない。麻薬──ヘロイン──による調教だ。薬を適量ずつ与え、馴れさせ、やがてそれなしではとても生きていかれぬほどの渇望を覚えさせる。
そして──次はセックスを教え込む。薬を餌に、どんなことでも喜んで従う性の奴隷に仕立てるのだ。
それがセバスチャン・ミカエリスの職業だった。
いつからそれをやっているのか、誰に教わったのか、もう記憶は曖昧だ。向いていると言われ、組織を紹介され、注文に従って、薬漬けの生きた性玩具をつくっているうちに、いつのまにかその世界で有名になってしまった。そうなれば、望もうが望むまいが仕事は入ってくる。
どんな職業もスペシャルと呼ばれる人間は少ないものだ。それはセバスチャンのいる世界でも同じこと。
大概の調教師が情に流され、獲物に溺れ、薬に冒され、破滅への道を歩む。
それもやむを得ないことだとセバスチャンは思う。
薬のもたらす歓びに悶え、何十倍にも強められた性の刺激に啼く人間を目の当たりにして、その誘惑に勝てる者などごくわずかだろう。
セバスチャンは、人よりも感情が薄かった──喜びも悲しみも笑いも怒りも、すべての面で。
ひとつ例外なのは性の愉しみで、その快楽だけが彼に生きる気力を与えた。いまではもう仕事そのものが生き甲斐といってもよかった。人間を薬に溺れさせ、役に立つ性奴隷に仕立てるのは、他では得られない達成感をもたらしたし、恋愛感情抜きでからだを繋げることも性に合った。
愛なんて不要だ。ただひたすら交わるほうが、純粋に気持ちがいい。
「天職、ですかね」
受話器を持ち上げながら、ひとりごちる。口の回りに女の匂いが残っているのに気づき、手の甲で丁寧に拭い取ってから、完成した玩具の引き取りを連絡した。
「ミカエリスです。出来上がりましたので、取りに来ていただけますか?」
──中略──
「……っ」
息を呑んだ。
まるで等身大のビスクドールだ。蝋のようになめらかな青白い肌。長い睫毛に形のよい鼻、小さな桜色の唇。人間とは思えないその美貌。青みがかかった銀色の髪が絹糸のように、顔を縁取っている。
セバスチャンは指をかすかにわななかせながら、残りの木屑をすべて取りのけた。
──瞳の色は何色だろうか。青、黒、それとも灰色か。
目を開けたときのことを考えると、そわそわと落ち着かない気分になった。
軽いからだを壊れ物のように大事に抱き上げて、少年をベッドに運ぶ。仕立てのよい喪服のようなウールの黒いスーツ姿。ハーフパンツから丸い膝が覗いた。
ベッドに横たえたとき、胸元の白薔薇のコサージュがカサリと音を立てた。
いつもなら邪魔な衣服などすぐに脱がせてしまうのに、なぜかためらわれる。眠る少年の姿は、どこか高貴で近寄り難いものがあったのだ。
──子ども相手に臆するなど……私らしくもない。
セバスチャンは頭を振ると、事務的に少年の服を脱がし始めた。ジャケットを脱がせ、シャツに取りかかったとき、少年の睫毛が震え、静かに持ち上がった。
──早過ぎる。
心の中で舌打ちをする。あと少なくとも一時間は目覚めないはずなのに。
不意にぱちりと少年の目が開き、孔雀青とアメジストの二色の宝石が煌めいた。セバスチャンは一瞬、動きを止めて、魅入られたように少年を見つめる。刹那、少年は強く瞳を輝かせ、セバスチャンの頬を薄い手のひらで、したたかに打った。バシッという鋭い音が響く。
──中略──
男はゆっくりと盆を脇のテーブルに置くと、ベッドの端に座り、シエルを正面から見つめた。
「薬の前に、お願いをひとつ、聞いてくれませんか」
「お願い?」
「ええ。簡単なお願いです」
「なんだ」
「私に……キスをしてください」
あまりに唐突な男の申し出に、シエルは驚き、呆れ、怒った。
「なにを言う! できるわけないだろう!」
男はそれを聞くと、銀の盆を取り上げて、立ち上がった。振り返りもせず、部屋を出ようとする。
「待てっ! 薬は……?」
「お願いを聞いてくれなければ、薬はあげません」
「嘘だろっ。おい、待てっ」
ベッドからころげ落ちるように後を追いかけたが、シエルが着く前にパタリと扉は閉められてしまった。
──キス、だって?
できるわけないじゃないか。好きでもなんでもない相手に。しかも男だ。信じられない。
親指の爪を噛みながら、シエルは部屋を何度も往復した。
──まさか、もう来ないわけじゃないだろうな。
さらに二時間が経ち、最後の注射から十時間が過ぎた頃、ようやく男が入ってきた。疲れ果ててベッドに伏せていたシエルは、鉛のように重いからだをやっとの思いで起こす。
「薬を打って……」
「キスを」
「……嫌だ」
拒否すると、再び男は部屋を出ようとする。
シエルは叫んだ。
「行くなっ! わかった、から。キス、する、から……」
男は銀の盆をテーブルに置き、シエルのすぐ隣に腰を下ろした。
「では……」
促されて、男の薄い唇を見つめた。ここに唇を合わせれば、薬を打ってもらえる。このどうしようもない辛さから解放してもらえる──。
男の唇に、自分の唇を合わせた。
唇に触れて、すぐに離れた。男の紅茶色の瞳を見つめる。
「薬を……」
男は笑った。
「こんなお子様なキスで、許されると思った?」
あっと思ったときにはもう、男はシエルを抱きすくめて、唇を奪っていた。無理矢理、唇を開かされて、舌が潜り込む。抵抗したくとも、シエルには気力も体力も残っておらず、口内を好き勝手に蹂躙された。
男とのキスなど嫌なはずなのに、執拗に歯列をなぞられ、ぞくぞくと寒気が背中を走る。
頭の芯がぐらぐら痺れ、しばらくして、ようやく唇を離されたときには、すっかり脱力し、腑抜けのようになっていた。
「よくできました」
男はシエルの口の端に残った唾液を舌でペロリと舐め取って、注射針をいつもの場所に突き刺した。
待ち望んでいた冷たい液体が全身に沁み渡っていく──。
──中略──
唇を離した男は、思ったよりもやさしい手つきで、ナイティの上から胸を触った。勝手に反応してしまった乳首が、薄い生地を持ち上げる。絹の上から、男が温かい舌をそっと押し付けた。
「あ……っ」
声が、漏れてしまう。
──嫌だ、こんな……!
男の黒髪を胸から引き剥がすように掴み、首を激しく横に振る。そんな仕草はかえって、男の欲望をそそるだけだとシエルは知らなかった。
熱情を秘めた男は舌で掬うように、しつこく乳首を舐め、唾液で濡れたナイティに、薄紅色に染まった乳首が浮かび上がった。
「いやらしい色ですね……」
男は顔を上げ、羞恥に悶えるシエルを眺めながら、指先で色づいた突端をはじいた。
「ンンッ!」
思わず腰が跳ねる。みるみるうちに瞳に涙がたまり、いまにも溢れそうになった。
男はナイティの裾から手を入れ、シエルの太腿に軽く触れた。さらりとした指が、柔らかい腿の内側を繰り返し撫で、やがて足の付け根まで、ゆっくりと這い上がる。
シエルは唇を噛み、いやいやをするように頭を揺すった。
「もう少しだけ……」
男が掠れた声でささやく。
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