140字SSまとめ
◆『はじめて』
今まで黙っていて本当に申し訳ございません。実は私、主にお仕えするのは、坊ちゃんが初めてだったのです。それから、知ったような顔をしておりましたが、愛し合うのも、初めてのことでした。ええと、つまり……坊ちゃんが私の筆下し、ということですね!!あッ!
「バコッ!」
……痛いです、坊ちゃん。
◆『マーキング』
すんすんすん、と僕の執事は鼻を動かしている。
「なにしてる?」
「いえ、ちょっと」
ささ、さささと妙な身振りで僕の回りの空気を動かしている。
「お前……」
「はい、済みました」とにっこり微笑む。
「これで、坊ちゃんからは、私の匂いしかしません。香りのバリアーですね……イタィッ!」
指輪付きのこぶしで、思い切り殴ってやった。
◆『セックスしないと出られない密室に閉じ込められたcpの反応』三連続
その壱
坊「……するのか?」
セ「しなければ、出られませんから」
坊「嫌なのか?」
セ「嫌だと言ったらどうします?」
坊「構わない。僕がしてやる」
セ「……………」
その弐
坊「……するのか?」
セ「しなければ、出られませんから」
坊「嫌なのか?」
セ「嫌なわけないでしょう? どれほど待ったことか」
坊「……(うつむく)」
その参
坊「……するのか?」
セ「しなければ、出られませんから」
坊「嫌なのか?」
セ「嫌です」
坊「!」
セ「こんなつまらないところで貴方を抱くなんて。嫌に決まっているではないですか」
◆『ナイティ』
彼がナイティ代わりに着ているのは、私の着古したシャツだ。彼には長過ぎて、幾重にも折った袖から、細い手首が覗いている。
「新しいナイティ、買いましょうか」
「いい」
「どうして?」
「着心地がいいから」
「それだけ?」
「……貴方の匂いが、するから」
◆『悪魔だって疲れるんですから』三連続
おかしい。いつもの時間はとっくに過ぎているのに、奴が起こしに来ないなんて。不安を感じた頃、ノックの音が響いた。
「坊ちゃん、セバスチャンさんが……」
「どうした」
「ふて寝……」
「はあっ!?」
「ふて寝しています、厨房で」。
なんで? ふて寝? わけがわからない。僕はメイリンと一緒に厨房へ走った。
厨房の作業台の上に奴がいた。長々と寝そべっている。
「おいっ」
返事はない。
「お前、一体どこに寝ているんだ、不潔だろうっ!」
「台には触れていません」
「触ってるだろうが」
「よくごらんください」
言われて、まじまじと見る。
……確かに、触っていない。奴は、台から5mm上の空間に、ぷかぷかと浮いていた。
「なんでそんなことしてるんだ」
「もう、疲れました」
「はあ?!」
「悪魔だって疲れるんですよ、坊ちゃん。やってられません」
ごろりと奴は寝返りを打った。
「ばかなことを……。お前は優秀な僕の執事だろ?」
「では、執事、やめます」
「……ッ!」
今日の奴には、なにを言っても無駄なようだ。
◆『初雪』
「坊ちゃん、初雪ですだよ~!」
弾むような声が庭から聞こえてきた。
「降りてきませんかあ? みんなで雪合戦しましょうよお」
主人たる者、使用人と遊んだりしない。
けれど。
顔を上げて窓を見た。雪なんて、何年ぶりだろう。
僕は悪魔の唇を振り払い、ただの13歳の子どもになって、走り出した。
◆『冷えた心』
「早く、脱げっ」主の急いた声。細い指がもどかしげに燕尾服を脱がしていく。
「一体、どうなさったのです、坊ちゃん……」
「うるさい」
タイを解き、あらわになった私の首筋に唇を押し付けた。
「お前、さっき誰を見ていた」
嗚呼、それで。馬鹿馬鹿しい。誰を見ていても、貴方のことしか考えていないのに。
◆『正夢』 五連続
そのキスはいつもと違って塩辛かった。僕の涙なのか、それともお前の口からコポコポと溢れ出てくる血なのか。もうその血は止まらない。止められない。腕の中のお前のからだがどんどん軽くなっていく。僕は叫ぶ。逝くな、僕を置いて逝くな、セバスチャン!
お前が先に逝ってしまうなんて、そんな馬鹿な話はないだろう。それじゃ、まるっきり契約違反だ。あの契約をなかったことしろというのか。勝って、僕の魂を喰らうんじゃなかったのか。ひとり残って、今更どう生きろと言うんだ。命令だ!いますぐ僕を連れて行け!
「坊ちゃん」
何千回と聞いたあの声が僕を呼ぶ。僕の腕の中は、すっかりからっぽになってしまった。
「坊ちゃん、お別れです」
嗚呼。声だけなのか。姿を見せることはできないのか。僕に触れることも、もうできないのか。
これは夢だ、夢なんだ、何度思ってもこの夢は醒めない。ここから外へ出られない。ならばこれは現実なのか。セバスチャンのいないこの世界が現実ならば、僕はもうどこにも行かない。世界を閉じて終わりにする。
紅茶の味が変だ。気がついて傍らの執事を見上げる。奴じゃない。服も体つきも黒髪もそっくりだけれど違う。
「お前は誰だ」
名が聞き取れない。そうだ。奴はもういない。僕の悪魔は消えてしまったんだ……
そこで目を覚ました。妙に不安が残る夢。
いや、もうすぐいつものあの声が、僕を起こしに来る。
来るはずだ。
◆『愛を叫ぶ』
死とは絶対的な終わり。だからこそ美しいと思っていた。そんな美学は糞だ。何もわかっていなかったのだ。主こそ私のすべて。なのに今、この世界に主はいない。二度と戻ってはこない。主の魂を喰らう時、その不在がこんなにも苦しくて切ない想いをもたらすと、愚かな私は考えだにしなかった。
◆『交わした約束』
何度生まれ変わり、何度息絶えても、必ずお前は僕を見つけるだろう。どこにいようとも捜し出すはずだ。たとえ人に生まれなくとも、僕たちは絶対に出会える。だから、いまは悲しくなどない。やがて再び、お前の手を掴む時が訪れるから。