第八話
ウィリアムのデスクに置かれた一通の封書。その中から現れた一枚の写真。
セバスチャン・ミカエリスと、美しい少年とのくちづけの場面が撮られている。未成年とおぼしき少年は腕を押さえつけられ、力ずくでセバスチャンに迫られているようだ。
「……」
本来ならば、ただちに上に報告し、未成年者へのわいせつ容疑でセバスチャンを拘束すべきだろう。
だが──。
ウィリアムはその写真に強い違和感を持った。
誰が、どんな思惑で、この写真を撮ったのだ。
場所はセバスチャンの家の玄関だ。とすると、わざわざ付近の路地辺りから、狙って撮ったということになる。
「動機が気になりますね」
カチャッと中指で眼鏡をあげる。
「セバスチャン・ミカエリスを陥れたい人物がいる、ということでしょうか」
ウィリアムは報告する前に、少し調べてみようと思った。
「──なんなのヨ、急に呼び出したりして! アタシだって忙しいのヨ」
ウィリアムがオフィスの資料室に呼び出したのは、グレル・サトクリフである。
「セバスチャン・ミカエリスと親しい司法省の人間は、貴方しか思い浮かびませんでしたので」
冷静に応じ、グレルの目の前にすっと写真を掲げた。
「なにこれ! どういうこと? こんな写真、ダレが撮ったのヨ!」
「わかりません。今朝、私宛に届いたのです」
グレルは腕組みをして唸りながら、セバスチャンと少年の写真を見つめている。
「この相手の子に覚えはありませんか」
「……知らないことはないワ」
「誰なのです?」
「……」
「グレル・サトクリフ。答えなさい。いったい誰です?」
「シエル・ファントムハイヴ、ヨ」
「……っ」
さすが司法省管理課随一の切れ者と謳われるウィリアムである。三年前の誘拐事件のことがすぐに思い浮かんだらしい。
「誘拐されてやっとその傷が癒えてきたところに、今度は児童性愛者に襲われたのですか。彼もまた随分災難ですね」
「ちょっと待ってヨ、ウィル。セバスチャンは児童性愛者じゃないワ!」
「アロイス・トランシーのことはどう説明するのです?」
「だから、あれはアロイスの狂言なんだってば! もー何度も言っているショ。彼が子どもを襲ったりするわけないのヨ」
「……」
ウィリアムは押し黙った。
「……ですが、この写真は嫌がっている少年にくちづけているとしか思えない。大体セバスチャン・ミカエリスはどこでシエル・ファントムハイヴと知り合ったのです? 彼らの接点は?」
「それは……」
「それは?」
「もーそれはネ」
グレルはセバスチャンから聞いた、シエルとのそれまでのいきさつを話した。ただし、二人が互いに恋心を抱いているということは伏せて。
「彼らは友人関係だというのですか?」
ウィリアムがきつい口調で尋ねた。
「そうヨ。だからネ、これはたぶん友達同士の……悪ふざけみたいなものだと思うのヨ」
「だとしても、こんなキスなどとんでもない。グレル・サトクリフ、この国の法律を忘れたのですか? 同性同士の性的な接触は法で禁じられているのですよ」
いまは一九六六年である。
ヨーロッパ各地で同性間の性的行為は非犯罪化されてきたが、英国にはまだその波は届いていなかった。同性同士の性的行為を違法とする法律を見直すための、同性愛法改革協会──通称ウオルフェデン委員会──が設置され、 非犯罪化を討議されてはいたものの、法改正にはまだ至らなかったのである。
「もちろん、知ってるわヨ。でも彼らはそういうんじゃなくて、もっと、こう純粋な……」
「なにをわけのわからないことを言っているのです。とにかく、この写真は看過できません。シエル・ファントムハイヴは確かまだ十三歳。法で保護されるべき対象です。セバスチャン・ミカエリスは犯罪者として拘束されなければならない」
そう言い切り、ウィリアムはセバスチャン拘束のための準備に出て行った。
同じ頃、シエルの家にもその写真は届けられていた。
「シエル! これはいったいどういうことなの? この男は誰? この家はなんなの? 無理やり連れて行かれたの?」
ぶるぶると全身を震わせている母親から写真を突きつけられて、シエルは青ざめた。
──いったい、誰がこんな写真を……!
「違う。連れて行かれたんじゃない。僕が勝手に……」
シエルはできるだけ事実を話そうとした。
「ミカエリスさんは僕の知り合いで……」
「知り合い? こんなことをする男と! いつどこで知り合ったの? もしかして、これまでずっと会っていたの? ママを騙していたの?」
母親は一方的にまくしたてると、
「警察に連絡しなきゃ。そいつを捕まえなきゃならないわ」
と叫んだ。
「待って、ママ。そういうことじゃないんだ。僕の話を聞いて……」
シエルが母親にとりすがったとき、ちょうどインターホンが鳴り、ウィリアムを始め、司法省の面々が到着した。
「よかった、いまそちらに通報するところだったんです。うちのシエルが……シエルがまたこんなことに巻き込まれて……。この男は誰なんです? どこにいるんです? もう捕まえたんですか?」
甲高い声で叫ぶシエルの母に、ウィリアムは落ち着いて答えた。
「ええ、さきほど彼を拘束しました」
「えっ」とシエルが息をのむ。
母親がかぶせるように、
「どういう人間なんです? 子どもにこんなことをするなんて……!」
母親の対応を他のスタッフにまかせ、ウィリアムはシエルに向かって言った。
「シエル・ファントムハイヴ、事情聴取のため、私たちと一緒に司法省に来ていただけますか?」
シエルは顔を強張らせ、
「はい」
と答えた。
***
ミカエリスさんが拘束されてしまった。
あの一枚の写真のせいで。
僕にキスをしたせいで。
司法省の一室で、シエルの頭はセバスチャンのことでいっぱいで、心は激しく揺れていた。が、同時に自分にこう言い聞かせていた。できるだけ、冷静に。感情的にならずに話すんだ。彼に対して恋愛感情ではなく、あくまでも親愛の情を持っていただけだったと。それがミカエリスさんを救う道だから。
ウィリアムはシエルと向き合う形で座り、例の写真を机の上に置いた。
「なぜ、このようなことになったのですか?」
「それは……喧嘩、みたいになって」
「喧嘩? 理由はなんですか」
「もうここへは来るなと言われて」
「貴方は何度もこの家を訪れていたのですか」
「……はい」
「夜間に、ですか?」
「はい……母が眠ってから、出かけていました」
「なぜ、そんなことをしたのです?」
「あの、ミカエリスさんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「お、音楽のことです。ミカエリスさんは音楽に詳しかったから……」
「ほう、深夜に音楽の話……ですか。まあ、いいでしょう。その晩もそうだったのですか」
「そうです。でも家には入れてもらえなくて」
「それで?」
「それで……」
もうごまかしようもなかった。
「アロイスくんの事件のことを聞いたら……」
「アロイス? アロイス・トランシーですか? どうして、そこで彼が出てくるのです」
「あ、あの」
シエルはしどろもどろになって答えた。先月、ふたりの前に突然アロイスが現れたこと、セバスチャンが動揺していたこと。アロイスから去年の事件のことを聞き、あの夜はそれをセバスチャンに確かめに行ったこと……。
「では、その晩は音楽のことを聞きに行ったわけではないのですね」
詰問されて、シエルはうつむいた。
「はい……」
「彼は事件のことをどう言っていたのです?」
「自分がやったことだと……。でも、でも! 僕にはそう思えないんです。ミカエリスさんはそんな人じゃないんです」
「それはすでに判決が出ています。それで? なぜキスをされたのです?」
「──僕がなかなか帰らなかったら、その……キスしてあげるって言われて、拒んだけれど、ミカエリスさんは無理やり……」
「無理やり、くちづけたのですか?」
シエルははっとした。そんなことを言ったら、ミカエリスさんは──!
「ちが、違います。その、僕のほう、から」
「この写真では、セバスチャン・ミカエリスが貴方に迫っているように思えます」
「っ、でも、そんなことがあったのはその一度だけで、普段は穏やかで、全然こういう感じじゃないんです。この日だけ、なんだか人が変わったような感じで……」
「きっと貴方に対して欲望が抑えきれなくなったのでしょう」
「違います! そういう関係じゃないんです。僕と、ミカエリスさんは友人で……そう、年の離れた友だちなんです」
「でもこんなキスをされた。彼のほうは貴方に性的な興味を持っていたのではないですか?」
「──っ」
何度も聞かれ、そのつど説明を繰り返したが、シエルが正直に言えば言うほど、セバスチャンに不利に働き、セバスチャンの拘束は長くなっていった
***
セバスチャンが逮捕されてから、数日後。
事情聴取に疲れ果てたシエルが司法省を出て、帰途についた時、ふとコートに紙が入っていることに気がついた。かさこそと音を立てて、ポケットから取り出してみれば、そこには、
「リッツホテル 六〇三号室 アロイス」
と汚い筆跡で書かれている。それは以前、アロイスからもらったメモだった。
そういえば確か、しばらくリッツホテルに滞在すると言っていた。
行ってみようか。
──先生になんかされたら、すぐ連絡して。
アロイスに相談したら、もしかしたらミカエリスさんを救う方法があるかもしれない。
シエルはメモを乱暴にポケットに突っ込むと、一本の蜘蛛の糸にすがるような思いでリッツホテルに向かった。
シエルは気がつかなかったが、そのときポケットからメモがはらりと落ち……シエルの後ろにいた男たちが、すばやくそれを拾い上げた。
メイフェア
リッツホテルロビー
「ちょっと待てよ、なんだよ、いったい?」
シエルがホテルに到着すると、ロビーが騒めいている。アロイスが剣呑な表情で、スタッフと揉めていた。
「部屋に入れないって? いったいどういうわけ?」
「申し訳ありません。五階のお客さまから水が落ちてくるという苦情がございまして……。六階のお部屋全室を確認させていただいております」
「そんなことってあるの? この超高級ホテルリッツでさぁ……クロードがいたら、あっ、シエル?」
アロイスがシエルに気づいて、笑顔を見せた。
「来てくれたんだ? 俺、ちょうど買い物から帰ってきたとこ! 悪いけど、いま部屋に入れないんだって。ラウンジに行こ」
いきなりとびきりの笑顔で迎えられて、シエルは驚く。
さっきまでスタッフに文句を言っていた姿とはまるで別人だ。
連れられてラウンジに行ったものの、人目が気になって、詳しいことを話せない。ミルクティーを前に、シエルが当たり障りのないことを喋っていると、
「アロイス・トランシーさま」
ホテルのスタッフがアロイスに声をかけた。
「お部屋の確認が終わりました。ご不便をおかけして申し訳ありませんでした」
「まったく、超高級ホテルが笑わせるよ。とんだ醜態だね」
憎まれ口を叩くアロイスに、ホテルのスタッフは申し訳なさそうに頭を深く下げた。
「さあ、座って座って。ここなら気兼ねなく話せるよ、クロードは俺のおつかいでしばらく帰って来ないし。シエルったら、ラウンジで話すの遠慮してたでしょ」
リッツホテル六〇三号室。
まるでスイートルームと見まごうばかりの豪華な室内。窓には薔薇の柄の厚い天鵞絨のカーテン、同じ柄のソファ。クッション。壁紙。テーブルの上には百本はあるだろう真紅の薔薇が生けられている。まるで薔薇の部屋といってもいいぐらいだ。
「うん……あの、ミカエリスさんが捕まってしまって」
「えっ、先生が? どうして?」
「写真を撮られたんだ」
「写真?」
「僕とミカエリスさんがキスしているときの……」
「キス? 待って、シエル、無理やりキスされたの?」
「そうなんだけど、でもきっとそうじゃないんだ。なにか理由があって……」
「理由なんてないよ! 先生、許せない。シエルにもそんなことするなんて!」
「──違う! ミカエリスさんはしたくてしたんじゃない……そんな気がするんだ」
「根拠あるの?」
「ない……けど」
アロイスは急に冷めたように、ひじをついてシエルの顔を見た。
「で、俺のところには何しに来たのさ、シエル」
「助けて欲しくて」
「助ける?」
「君は前に、ミカエリスさんの刑を軽くしたって言ってたよね。あれって、僕にもできる? なんとかして拘置所から出してあげたいんだ」
「なぜ? 先生は君にいやらしいことをしたのに」
「……」
「もしかして、先生のことが好きなの?」
シエルは黙ってうなずいた。それからぽつりぽつりと話し始めた。
「ミカエリスさんには、それまで乱暴なことなんて一度もされたことないんだ。僕たちは、その……仲が良くて、っていうか、僕はそう思ってて。毎週レコードショップで会ったり、ロンドンをふたりで観光したり。でも司法省で話せば話すほど、どんどんミカエリスさんの心証が悪くなっていくのがわかって、もうどうしたらいいのか……」
シエルは思わず、涙ぐんだ。
「あははは!」
アロイスが突然笑い始めて、シエルは驚いた。
「え……?」
「もう、シエルってば、おもしろ過ぎだよ! なに泣いてんのさ! 先生と仲がよかったんだって? 本当に笑わせるよ」
いきなり低い声になり、シエルに向かって身体をかがめた。
「仲がいいなんて、よく俺に言えるね。誰よりも先生のことが好きなこの俺に! でも先生はもう刑務所から出られないよ。君のせいでね! ああ、いい気味だ。愛され過ぎの罰だよ」
「罰……? なにを言っているんだ?」
シエルはアロイスの言動についていけない。
「先生が俺以外のやつを好きになった罰! 先生は俺しか好きになっちゃいけないの! なのに、先生ときたら、お前みたいなやせっぽちの奴をかまっちゃってさ。ロンドン観光だって? それってデートじゃん。いいねえ、そんないい思いしたんだから、もう先生と永久に会えなくたっていいよねえ。あははは」
アロイスは声をあげて笑い、
「俺なんか、先生にキスすらしてもらえない。かわいそうな奴なんだよ?」
「えっ?」
「俺がキスしたくて無理に迫ったら、先生、顔を背けちゃってさ」
シエルの脳裏に閃くものがあった。
「もしかして……もしかしてアロイス、一年前の事件は……」
「そう! シエルって勘がいいよね! あれはね、本当は俺が先生をハメたんだ。だって、先生ったらとり澄ましちゃって、全然俺の相手してくれないんだもん。だから、俺ブチ切れて、びりびりびりーって自分のシャツ裂いて叫んだの。そのときの先生の顔! いまも忘れられない。すごく驚いちゃって、何も言えないって感じでさ。そしたらクロードがやってきて、先生、あっという間に逮捕されちゃった! ああ、おもしろい。事情聴取で先生に襲われたって泣いてみせたら、司法省の連中、すっかり俺の言うこと信じちゃって! 先生も随分がんばったらしいけれど、誰も先生の言っていること、信じなかったんだよね。ああ、かわいそうな先生!」
アロイスは腹を抱えて笑っている。
「刑務所にぶちこもうと思ってたけど、あの惨めな去勢の刑を知ってさ、俺、わざと減刑してくれって裁判官に泣きついて。結果、先生は俺の思い通り、薬飲むほう選んじゃって。もうホント最高! 俺って天才!」
「アロイス、君は……っ」
シエルは拳をぶるぶると震わせて、ソファから立ち上がった。
そのとき、部屋の厚いカーテンが少し動いたことに、アロイスもシエルも気づかなかった。
「今回もね、あの写真撮ったの、俺!」
「えっ」
「俺が撮ったの! よく撮れていただろ? ちょうど、先生がシエルの手首掴んで、キスしちゃうところでさ、すごくいいシチュエーションだったんだよね。十四歳未満への強制的なわいせつ行為は実刑だよね! 前科あるから先生はもう……」
「前科など、もうありませんよ」
どこからか、静かな声がして、アロイスもシエルもはっとした。
「な、なに……いまの?」
アロイスは動揺して、おろおろと部屋を見回す。
すると。
薔薇のカーテンが開き、中からふたりの人間が現れた。
グレル・サトクリフ。
ウィリアム・T・スピアーズ。
「え、なに、なんで、司法省の人間がここにいるの?」
アロイスは状況をつかめない。
「話は全部聞かせてもらいましたよ。アロイス・トランシー」
「……っ」
アロイスの顔がさっと青くなった。
「私たちは今回の件に疑念を抱いていましてね。いったい、誰があの写真を撮ったのか、セバスチャン・ミカエリスを陥れようとする人物は誰なのか、探っていたのですよ。そうして、シエル・ファントムハイヴの話から、貴方が関わっていることを知ったのです。アロイス・トランシー、貴方はなぜ、セバスチャン・ミカエリスの前に現れたのです? 彼は、貴方を襲った人物です。今更、会いたくない相手でしょう?」
「そ、それは……先生を監視しないと、また……」
「監視なら我々司法省が行なっています」
「でも、それじゃ、頼りなくて……」
「だまらっしゃい! 貴方はセバスチャン・ミカエリスのことが気になっていたのでしょう? まるでストーカーのように、彼が、どこで、なにをしているか、知りたかったのでは?」
「……っ」
「シエル・ファントムハイヴから貴方の話を聞いた後、我々は貴方に会いにウィンダミアのトランシー邸に出向いたのです。しかし執事ともども不在で、使用人たちに尋ねてもロンドンに行ったという以外なにもわからず、我々は途方にくれました。ですが、もしかしたら、貴方がまたシエル・ファントムハイヴに接触するかもしれないと考え、事情聴取のあと、毎回彼のあとをつけていたのです」
「そうしたら、今日、やっと手がかりをつかんだのヨ」
グレルは、リッツホテルの部屋番号が書かれたメモをひらひらさせた。
「シエル・ファントムハイヴが落としたこのメモ。これのおかげで、アロイス、アンタの居所がわかって、アタシたちは先回りしたのヨ。で、リッツのスタッフに無理を言って、この部屋に潜入したってワケ!」
「さて、と。アロイス・トランシー。今の話について、聞きたいことがあります。一緒に来ていただきま しょう」
「ま、待ってよ。今のは、全部、嘘。全部、冗談だよ! あはは、ちょっとシエルをからかっただけ!」
「言い訳なら向こうで聞くわヨ。さあ、行きまショ!」
グレルに背を押され、ウィリアムに引きずられるようにして、アロイスは部屋から連れ出された。
***
結局、アロイスはすべてを告白し、アロイスの事件においてセバスチャンの罪は消えた。
だが、セバスチャンは拘置所からは出られなかった。
シエルとのキスの写真が性的なものとみなされ、懲役五年の刑に処せられたのだ。
「もー、だから言ったでショ。子どもには手を出すなって」
セバスチャンが収監されているクリンク刑務所の面会室で、グレルが困ったように眉を寄せている。
しかしセバスチャンは、自分のことよりもシエルを心配していた。
「彼は大丈夫ですか? 学校で中傷されていたり……」
「大丈夫ヨ! アタシとウィルが、表沙汰にならないように手を回しておいたから。あの写真も表に出ることはないワ。シエル・ファントムハイヴは噂話や中傷からは守られるのヨ。すっごく感謝してもらいたいワ」
「ありがとうございます。それならよかった」
セバスチャンの脳裏に、最後に会った夜のことが浮かんだ。
あの醜いキス。彼に対して、虫唾が走るような行為を私はしたのだ。
──「もうここには、二度と来ない。貴方とは、二度と会わない」
そう言って彼は去っていった。
彼とはもう、会うこともないのだろう……。
収監されてからひと月が経った頃。
セバスチャンのもとに一通の手紙が届いた。
差出人はシエル・ファントムハイヴである。
「なぜ……?」
自分を罵倒しているのだろうかと、おそるおそる、綺麗なクリーム色の封筒を開いた。
ミカエリスさん
本当はミカエリスという名前ではないことを知っているけれど、
本名を知らないので、この名で呼ばせてください。
あの夜、貴方が僕に言ったこと、あれは貴方の本心ではないですよね?
貴方と僕が関わってしまったら、僕の将来が危ぶまれる。そう慮ったのではないですか?
これは僕のうぬぼれですか?
僕は貴方のことが大好きです。
初めて見たときから好きでした。
思いがけない言葉にセバスチャンの胸に熱いものがこみあげた。
──彼は私を許してくれている。
セバスチャンはすぐにペンをとった。