戦慄ミントティー

先日ツイッターで、フォロワーさんが「お屋敷で使用人達にやっつけられた敵の死体は、どこに埋められているのか」と呟かれていて、私なりに想像してみたらこんなお話になりました…

戦慄ミントティー

 天井まで届くような極彩色の南国の植物。幾種類ものランやシダは、英国では見られないものばかりだ。

「いや、君のところの温室には本当に驚かされるよ。こんな植物園は世界中探してもそうないだろう」

「恐れ入ります。世界各地を旅するクラウス様にそのように仰られましては、主人も大変嬉しゅうございましょう。ここにある植物はすべて主人好みに私どもが丹精込めて育てたものでございます。中にはハエトリグサやウツボカズラなどいささか趣味の悪い食虫植物もございますが……」

「いやいや、食虫植物など、まさに悪の貴族にふさわしい植物だよ。どの敵も罠に誘い込んで、ぱくりと喰らってしまう……。ところで、このハーブティーは実においしいね。これも、ここで育てたものなのかい」

「はい。温室の一角でミントやフェンネルなどハーブ類も育てております。特別な土を使っているおかげで、どのハーブの出来もよろしくて……」

「なるほど、植物を育てるにはまず土からか。恐れ入った」

 ははと笑うクラウスに追従するかのようにセバスチャンも微笑む。

 実際、温室内の植物はどれも元気だ。異国から取り寄せた植物も、育てるのが難しいとされる薔薇も、日本の盆栽でさえ、枯れずに元気に育っている。

「待たせたな、クラウス」

 温室を眺めていると、不意に背後から声がかかった。クラウスが振り返ると、華奢な少年が立っていた。いつも通り、傲岸不遜な態度で。

 まったく。この少年のどこに、英国の闇を仕切る能力があるというのだろう。伯爵家を継いでからというもの、女王の依頼を受けて数々の難事件を解決したと聞く。いくら有能な執事がそばにいるからといって、そうそうできるものではないだろう。

「──で、今日の用件はなんだ」

「ああ。例のネズミたちのお遊びがちょっと度を過ぎてね」

 クラウスがいえば、すぐにシエルはうなずいた。

 そう、これだ。

 この飲み込みの早さ。頭の回転がすばらしく速い。

「すでに手は打ってある。セバスチャン」

「は」

 傍らの執事に命じれば、彼はすぐに事の顛末を報告する。

 聞きながら、クラウスは心の中で舌を巻いた。

 まったく、本当に恐れ入る。

 敵にはしたくない相手だ。

 まあ自分がファントムハイヴ家の敵になるとは、到底考えられないが。

「うん? クラウス、どうかしたか?」

「あ、いや、それにしても君のところのハーブティーはうまいね。こんなにうまいものは飲んだことがない」

「そうか。気に入ってくれてよかった。ここは特別な土を使っているからな。栄養をたっぷり吸い込んでるんだろう」

 見れば、シエルはお茶に口をつけていない。

「君は飲まないのかい?」

 クラウスが尋ねると、シエルの顔がわずかにこわばった。セバスチャンはすかさず、

「坊ちゃんはハーブティーの類いは少々苦手なのです。お許しください、クラウス様」

 と頭を下げる。

「いや、別に構わないんだ。ハーブの複雑な味は子どもにはわからないだろうから。さすがに悪の貴族も、年相応だってことだ」

 クラウスは安心したよ、と豪快に笑った。

***

「なにが、年相応だ。ハーブの味ぐらい、僕にだってわかる」

 クラウスが帰るなり、シエルは鼻息を荒くした。

「坊ちゃん、逆によかったではないですか。ご自身の飲んだハーブが『どんな栄養』で育ったのか、知れば、クラウスさまは驚愕のあまり、怒り出したかもしれませんよ……」

「あのクラウスがそんなことで怒るとは思えんがな。まあ、いい気持ちはしないだろう。なにしろ、この温室の土は死体から栄養を吸い上げているんだからな」

 戦慄すべきことを主人がいっても、執事は顔色も変えない。

「ええ、たっぷり数百人分の栄養ですね」

「数百人か、結構な数だな」

「それはもう、『悪の貴族』を狙う輩は多うございますから。昨夜もメイリンが十数人仕留めましたよ」

「そいつらも埋めてあるのか」

「ええ、あの一角に」

 セバスチャンはハーブが密生しているあたりを指差した。

「ちょうどミントの下だな……おい、セバスチャン!」

「なんでしょう」

「お前──わざとあのミントティーを出したな。他のお茶でもよかったはずだ」

「さすが坊ちゃんですね。ええ、クラウス様にはできたてほやほやの死体の血を吸い取ったミントティーをお出ししました。格別美味かと思いまして」

 本当に悪趣味なやつだとシエルは額を押さえた。

「まあ、うまいうまいと褒めていたから、よしとしよう。にしても、口をつけなくて大正解だったな。できたての死体の養分が詰まったミントなんて、僕はごめんだ」

「ご自分でお考えになったことですのに……。坊ちゃんが死体を温室の下に埋めればいいとおっしゃったときには、本当に驚きました」

「なぜ? 森の樹木は死んだ獣を養分にして生きているだろう。それと同じことだ。死体を温室の下に埋めれば、隠し場所としてだけでなく、温室の土壌にもいい効果が出る。一石二鳥だろう?」

 それはまあ、確かに合理的ですが……とセバスチャンは、悪魔の自分よりも非情な主人に苦笑した。