一週間以上遅れてしまいましたが、黒執事十五周年記念SS……のようなものです。黒展に展示されていたセバスチャンの衣裳のトラウザースにチャックがないことが相当気になって、こんなお話を書いてしまいました……
**ツイッターに投稿したときとタイトルを変えています。
↓こちらが黒展で展示されていたセバスの衣裳↓
セバスチャンのトラウザースにチャックがない件について
今日の十五周年記念祝賀会の主役たるファントムハイヴ伯爵の衣裳は特別仕立てだ。天鵞絨の上着には、そこかしこに銀のブローチがつけられていて、そのひとつひとつに十五という数字にまつわるエピソードが隠されているという。
薄い紗のブラウスに、極上の絹糸で編まれたレースのロングバッスル。足元には上質なカーフの編上げ靴。衣裳も靴も、黒一色で塗りつぶされているというのに、そのどれもがすべて違う黒。『黒』という色が万華鏡のようにくるくると螺旋を描いて広がり、見る者を幻惑する。
「さすがニナさんですね。坊ちゃん、よくお似合いです」
「フン。世辞はいい」
「お世辞ではありません。坊ちゃんに黒はあまり似合いませんのに、ここまで綺麗に見せるとは……」
「ニナにまかせておけば間違いないと言ったろ? まったく、お前に用意させたらとんでもないものになるところだった」
「おや、坊ちゃんだって満更でもなかったのでは? ドルイット伯爵邸でお召しになったドレスよりもさらにゴージャスなピンクのドレスをご用意しましたのに」
「満更どころか即却下だ」
それを聞いて、クスクスと執事は笑う。その彼だって、いつものお仕着せではなく、特注のスーツだ。
「お前も……まあ、悪くない」
主人が心持ち頰を染めて呟けば、
「お褒めいただき、光栄です」
とそつなく執事は答える。
「ですが、坊ちゃん。ジャケットはともかく──このトラウザースはいささか不便です」
「不便?」
「はい」
「なにが不便だ」
「その……」
「おい、さっさと言え」
主人はいらいらと靴の先で床を叩く。
「あの……トラウザースのチャックがないのです」
「は?」
「ですから、チャックが……」
「それはわかった。で、なにか問題があるのか?」
「あるのかって…。坊ちゃん、大ありです!」
「大あり?」
執事はふうとため息をついた。
「坊ちゃんは本当に鈍いですね」
「おい、鈍いとはなんだ、鈍いとは!」
「鈍いから鈍いと申し上げたのです。察してください、坊ちゃん」
「使用人のお前を察する必要なんてない。はっきり言え!」
セバスチャンは不満げにむぐむぐと口を動かした。
「……いたすときに不便ではないですか……」
「はぁ? いたすとき?」
「はい。いたすとき」
セバスチャンは真顔でシエルの顔を見つめている。
いたすとき?
いたすときってなんだ
いたす…………
はっとシエルは気づいた。みるみるうちに頰に血がのぼる。
「ッ! なにを言ってるんだ、お前は!」
「坊ちゃん、ほっぺが真っ赤です。大丈夫ですか?」
「っるさいっ」
心配げに眉根を寄せる執事を怒鳴りつける。
「ね? チャックがないのは坊ちゃんも困るでしょう?」
「なにが『ね?』だ。黙れ、バカ執事」
「だっていざというときに素早く出せません。全部脱ぐとなると、坊ちゃんをお待たせしてしまいますし……」
「やめろ、もういいっ!」
主人は耳を塞いで、ぶんぶんと歩き始める。
「早く来い、セバスチャン。会場でみなさまが待ってるっ。遅れるぞ!」
はい、と執事は従順にうなずいたものの、「坊ちゃん、真剣に考えてくださいよ」「とりあえず今晩はどうしましょう」だのぶつぶつ呟きながら、主人の後を追った。