かまくら

現パロ。坊ちゃんはきっとハンテンが似合うだろうなあと思いついて書きました。ただそれだけなのでオチもヤマもありませんww 2022.1

「シエルー、ちょっと来てくださーい」
 窓の外でセバスチャンが呼んでいる。
 いやだいやだ。こんなに寒い日に外になんて出たくない。
 分厚く着込んだセーターの、さらにその上に羽織ったハンテンの前をぎゅっとかき合わせて、シエルは隠れるように暖かいコタツの中にもぐり込んだ。
「シエル?」
 サッシの窓が開いて、セバスチャンがひょいと顔を出した。途端、寒風が中に入って、急激に部屋の温度が下がる。
「開けるな! 寒いだろっ」
「まったく…」
 セバスチャンはため息を一つつくと、大きく窓を開け、腕をのばして、猫のようにコタツの中で丸まっているシエルの襟首をひっつかんだ。
「ほら、さっさと出てきなさい! ほらったら!」
 コタツの足にしがみついて出ようとしないシエルの首根っこをひっつかみ、ずるずると引き寄せる。シエルはしぶしぶ窓の方ににじみ寄った。
「あッ」
「どうです?」
 雪が降り積もって真っ白になった庭に、こんもりと丸い小さな山のようなものができている。
 雪だるま? いや、それにしては大きい……
「……これ、なんだ?」
「かまくら、ですよ」
 セバスチャンは地面に突き刺したシャベルに寄りかかって、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「か、まく…ら?」
 初めて聞く言葉に首をかしげると、
「お隣のタナカさんに教えていただきました。冬の日本の風習だそうです」
 ほっほっと笑い声がして、セバスチャンの背後から、好々爺然とした日本人がやはり大きなシャベルを持って現れた。
「あ……、えと、コンニチハ」
 覚えたての日本語で挨拶すれば、
「こんにちは、坊ちゃん」
 とタナカさんは返す。

 セバスチャンの転勤で、年明け早々英国から日本に来たばかりのふたりにとって、タナカさんは頼れる隣人だ。近隣のスーパー、病院など町内案内はもとより、日本家屋の暮らしに慣れない二人に風呂の沸かし方から布団の敷き方まで教えてくれ、つい先日は「冷え込みが厳しいから」と、手作りのハンテンと、不要になったコタツまで譲ってくれたのだ。
 シエルはコタツがすっかり気に入り、これまたお気に入りとなったハンテンを着込んで、毎日ぬくぬくと部屋にこもっていたのだった。
「さあ、シエル。早く出てきなさい」
 新学期からこちらの学校に転入するというのに、そんなに無精でどうするんですと、セバスチャンがブツブツこぼしながら、急き立てる。
 やむなくシエルはつっかけを履いて、庭に降りた。
──寒いっ!
 息が真っ白だ。はあっと両手に息を吹きかけ、すりすりとこすり合わせながら、丸い雪山に近寄った。
 と。
「あれ?」
 雪山に一箇所大きな穴が空いている。おそるおそる覗くと中が空洞になっていた。
「……もしかして、中に入れるのか……?」
 返事はない。
 振り返ると、セバスチャンもタナカさんもいつのまにかいなくなっている。
「なんだよ、自分たちだけあったかいところに戻っちゃって」
 それでも好奇心には勝てず、シエルは身をかがめて、ゆっくりとかまくらの中に入った。
「へえ……」
 中は意外と広かった。まっすぐに立てるほどではないが、そこそこ高さもある。
「こんなの作ってどうするんだろ」
 と呟いたとき、「シエル、もっと奥に入ってください」「ほっほっ」と声がして、タナカさんが小さなちゃぶ台と座布団、セバスチャンがランタンと料理ののったお盆を運びこんでくる。
「さあ、もっと奥に入って、ほらほら、座って」
 セバスチャンに促され、シエルはかまくらの一番奥に座らされた。真ん中にでんと置かれたちゃぶ台に、ガスコンロと大きな土鍋が置かれる。
「え、え?」
 目を白黒させるシエルにタナカさんが話しかけた。
「かまくらは小正月の行事でしてな」
「コショウガツ?」
「ちょうど今頃のことですな。小正月にかまくらの中に祭壇をつくって、神様を祀るのです。ほれ」
 タナカさんの視線の先を見れば、雪で作った小さな棚の上になにやら祀られている。
「今では祀る、というよりも冬を楽しむイベントになっておりますな。今日はせっかくですから、ここでおふたりの歓迎会を開こうと思いましてな。ほっほっ」
 喋りながら、タナカさんはどんどん料理を置いていく。
「さて…」
 すべて運び終わると、ふたりは腰を下ろし、タナカさんはセバスチャンにおちょこを渡して、とっくりを傾けた。
「坊ちゃんは甘酒をどうぞ」
 猫の絵が描かれたかわいい湯呑みに温かい甘酒を注ぐ。
「それでは、新しいお隣さん。ようこそわが町へ」
「お世話になります」
「よ、ヨロ……マス」
 ぎこちなく杯を掲げて、乾杯する。
 初めて飲んだ甘酒は甘くてねっとりしていたが、嫌いな味ではなかった。
「どうですかな」
 タナカさんがシエルに聞く。
「……オイシイ、です」
 照れくさそうに異国の言葉で応じるシエルに、タナカさんはほっほっと嬉しげに笑った。
 外は薄暗くなり、どうやらまた雪が舞い始めたようだ。
 けれど、ランタンの光に明るく照らされたかまくらの中は、暖かくて居心地がいい。シエルはふたりに見つからないように、もぞもぞと正座を崩して、ぐつぐつ煮える鍋に箸をのばした。