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禍々しいその瞳を美しいとさえ思う。
シエルの理性は、だまされるなと叫ぶ。
気をつけろ、そいつは悪い人間だと忠告する。
だが、ヘロインは理性をあっという間に押し流し、シエルをそそのかす。
セバスチャン。
彼はやさしい。
彼はいい人だ。
──ソレハ、薬ノセイ。ソレハ、危険ナ感覚。彼ハ、ヨクナイ。
脳内に残ったほんのひと握りの理性が、懸命にシエルを説得しようとする。けれど、男のひんやりとした指に頬を撫でられた瞬間、シエルはなにもかも忘れてしまう。
ほら、もう、セバスチャンが触るだけで感じてしまう。
きっと、彼はもっと気持ちよくしてくれる。
さあ、触ってもらおう。彼に触ってもらわなきゃ。
シエルはセバスチャンに向かって、のろのろと腕を伸ばした。察して、男はダンスを始めるように幼い手を取り、指を絡めて、シエルの上に覆いかぶさる。
ね、彼はいい人だ。信用できる。
──ソレハ、嘘。ソレハ、幻。
男のしなやかなからだが、シエルを抱きしめた。
耳元から首筋にそっと唇を這わされ、甘い予感が背筋をなぞっていく。
──気持ちがいい。
もっと、もっと、気持ちよくして。
「……もっと、きもち、よくして」
シエルが望みを口にすると、セバスチャンは低く笑って、顔を斜めに傾かせ、唇を近づける。
黒い髪がさらさらと、火照った頬に触れた。
「あぁ……」
どこか遠くで啼いている自分の声が聞こえる。
セバスチャンのキス。愛情のこもった、やさしいキス。
シエルがずっと欲しかった──愛。
──ソレハ、偽リ。コノ男ハ、ヤサシクナドナイ。
シエルは理性の訴えに耳を閉ざした。
***
──……もっと、きもち、よくして。
シエルがそう言ったとき、それまでセバスチャンを押しとどめていたなにかが決壊した。
深くくちづけ、シルクのナイティを毟り取るようにして剥がし、露にされた無防備な肌に指を走らせれば、ふるりと身を震わせて、シエルが啼く。
「あぁ……」
聞いた瞬間、からだの深いところが、ぞくっとした。
──たまらない。
なんていう声を出すのだ。
ごくりと喉を動かし、小さな乳首を指先で淡く摘んだ。
シエルはひくっと肩を震わせ、潤んだ瞳でセバスチャンを見上げてくる。
疼き始めた証の、淫らな表情。
人間のこんな姿は、これまで飽きるほど見てきたはずなのに、なぜかこの少年だけはこの上なく甘美に感じられ、セバスチャンの心をざわつかせた。
「ふ……ぁ」
早くこの身に快楽を与えて欲しくて、シエルは腰を卑しく揺らして、セバスチャンに訴える。自分がはしたない痴態を晒していることは充分わかっていながら、矜持よりも、羞恥よりも、いまはこの男が欲しい。
僕を抱いて。僕を満たして。
この身が溶けるような快楽でいっぱいにして──。
ひたすら快楽をせがむシエルの後ろを指で確かめると、そこはもうヘロインの効果で、すっかり解され、セバスチャンに侵されるのを待ち焦がれている。
セバスチャンのからだが急速に熱を孕んだ。
服を脱ぐのももどかしく、自身を掴み、シエルの中に荒々しく挿入する。
熱く、狭い──。
「嗚呼、すぐにイってしまいそうですよ」
組み敷いたシエルにささやく。
シエルは唇をうっとりと開き、もっと、もっと、と強請るように、セバスチャンのからだに足を絡ませ、腰をいやらしく擦りつけた。
──中略──
冷たい晩秋の雨が窓ガラスを叩いている。
彼がいなくなってから何日経ったのだろう。
二日のような気もするし、永遠のような気もする。
買われた先で可愛がってもらっているだろうか。
きちんと薬を与えられているだろうか。
──お前には関係ないだろう?
内なる声がくつくつと嗤う。
嗚呼、そうとも。もう関係ないのだ。
いや、そもそも彼がいたときから、関係などなかった。
麻薬調教師と囚われた子ども。
それだけだ。
突然、底の知れない宇宙空間に放り出されたような恐ろしい孤独がセバスチャンを襲った。
真空だ。右も左も、上も下もわからない、漆黒の世界。
自分というものを形作っているすべてが、錆びた暗闇の中で、ねじれ、ちぎれ、ばらばらに砕け散る──。
目が眩み、思わず窓枠に縋った。
ひとりでいることは辛いことではなく、誰かといるよりは孤独を好んでいたはずだ。あの子どもと共にいたときだって、彼と言葉を交わしたのは数えるほどしかない。
それなのに。
彼の瞳、彼の声、彼のからだ。
なにもかも忘れられない。
もう一度、手元に置いて、組み敷きたい。あの柔らかな肢体に指を這わせて、喘がせたい。
思うだけで、抑えようもない疼きが身を駆け上がる。
彼のことを考えるだけで、なぜこんなにも熱く、胸の奥がかき立てられてしまうのか。
激しく己を揺さぶる感情にセバスチャンは驚く。自分はこんな人間ではなかったはずだ、心を動かされることなどまったくない──冷酷な男だったはずだ。
──中略──
麻薬調教師は裏の顔で、セバスチャンの表の職業は画廊経営者である。三階建ての自宅一階を、ギャラリースペースにリノベーションし、SMやボンデージアートを中心にした展示を不定期に行なっていた。
シエルを劉に渡した数日後から、彼のギャラリーでは、「ボンデージ・ドール展」が開催されていた。
手持ちの何体かのドールを、黒絹のロープや手錠などを用い、それらしく展示した即席のものだが、確かな審美眼で選ばれた淫靡な展示物に、近くのテート・モダン帰りの観光客や、テムズ河畔に点在するギャラリー目当てのアート系の若者たちで、小さな画廊は終日賑わっていた。
セバスチャンは画廊のオーナーとして、気まぐれに顔を出しては、適当に客たちの相手をし、じりじりと胸を灼く感情から目を逸らしていた。
そして今日。
ひとりの客が話している声が耳に入ったのだ。
「すごく可愛いオッドアイの男の子が……」
その言葉が聴こえた瞬間、心臓が大きく跳ねた。さりげなく客に近づき、話の内容を聞き取ろうとする。
「……すごく可愛いオッドアイの男の子が、犬と犯るショーがあるんだけどサ、一緒に行かない?」
話しているのは、鼻にピアスをした若い男だ。相手は男と同様に眉や舌にピアスをつけている十代とおぼしき女。
オッドアイの子ども?
犬と犯る?
ショー?
口の中がカラカラに乾いた。
失礼と言って、その若い男を表に連れ出す。画廊のオーナーが血相を変えて詰問してきたのに若者はいささか怯え、問われるままに話した。
今週、金曜の夜。
イーストエンドの会員制のライブハウスで、オッドアイの少年が犬と交わるショーが開かれる。
犬と人との獣姦ショーはこのライブハウスの人気の演目で、これまでは犬の相手に、娼婦などが登場していたが、子どもは初めて、しかも超美少年らしいという噂が広まり、会員たちはいまから興奮している……と、セバスチャンが聞いていないことまで話した。
話を聞けば聞くほど、彼を思い出してしまう。
──彼を買ったのは、あの店のオーナーなのだろうか。
そのライブハウスはセバスチャンも知っていた。
SMやボンデージというほぼ同じジャンルの世界にあったものの、そこは一層ディープで趣味の悪い見せ物を行う場所で、セバスチャンは二、三度、つきあいで行った程度だった。
丹精込めて調教し、稀にみる極上な肉体を持った子どもを、犬と交わらせる? なんだ、それは。
激しい怒りに身が震えた。
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