10年間、休み休み考えてきたお話だからか、書き終えたあともなにかまだ心の中に残っているものがあるので、つらつらと。
●テーマについて
「おやすみ、セバスチャン」は、不死の存在であるAIと人間の「愛と死と性と生」が描けたらいいなあと思って始めたのですが……あまりに壮大なテーマに何度も押しつぶされそうになりました。
結果、テーマの100万分の1ぐらいしか表現できなかったけれど、それはそれなりに、かすかにテーマは織り込まれているので、満足しています。
●夢について
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」、というP.K.ディックの名作SFがありますが、私自身はAIセバスチャンは夢を見ないと思っています。器械が夢を見るなんてありえない。4話にも「私は夢を見ないので」とはっきりセバスチャンは言い切っています。でも……。
●なぜ私を造ったのか
「神よ、貴方はなぜ私をつくりたもうた」は、苦難にあったとき、人間が神にすがり、神に問いかけ、神を責めるときによく出てくるセリフだと思っているんですが、セバスチャンは当初は「なぜ自分が造られたのか」を純粋に知りたくて坊ちゃんに何度も聞きます。
けれど、ラスト近くの「坊ちゃん、貴方はなぜ私をお造りになったのですか」という叫びは、それとは違って、反語的に「こんな思いをさせるために造ったのですか!? こんな目にあうぐらいなら、いっそ造らなければよかったのに」という気持ちが込められていると思っています。
とても『人間的』な叫びだと思っています。
●すまない
坊ちゃんが息をひきとる前に「すまない」とセバスチャンに謝るのは、セバスチャンが半永久的にひとりで存在していくことの厳しさを予見しているからなのです。人間たちが滅びてもセバスチャンは死ぬことがない。その残酷さ、辛さを坊ちゃんはわかっていたのです。
●セバスチャン、かわいそう
天使のようなかわいらしい子が、殺される間際にセバスチャンに言う言葉です。愛しい人を蘇らせようとするセバスチャンを哀れに思ったのか、セバスチャンがうすうす人ではないと感じていてその生の永さを想って同情したのか……あの子どもがどうしてあんなことを言ったのか私にも曖昧ですが、なんだかセバスチャンという存在の核心をついているような気がして、好きなセリフのひとつになりました。
●孤独
セバスチャンがひとり、この地球に存在することのさみしさ、恐怖をもう少し表現できたらよかったなと思います。リア王のように、絶望してひとりで荒野を歩いているイメージなんですが、むずかしかった……
●復活
孤独に生きてきたセバスチャンは、太陽の光が復活してきたと知ると、生命体をつくろうとします。それは、孤独から逃れたいためなのか、なんなのか、私にもその気持ちははっきりと捉えられませんが……何万年と生きてきて、ふと思いついたのかもしれません。セバスチャン自身もはっきり「こうしよう!」とは思っていなかった気がします。
●神様
AIロボットだったセバスチャンが、新たに生まれ変わった地球で、人間に「神」とされていることは、少し皮肉なことなのですが、古代の人にとって、何でも知っていて、年をとらない存在は「神」に見えるんじゃないかなーと思ったのでした。
●贖罪
自分の罪を認識したセバスチャンは、その罪を償うかのように、人々を愛し(あれほど憎んでいたのに)、自然を愛するようになります。たぶん、地球がよい方向に育つよう、進化に干渉しているとも思う。
坊ちゃんと再会してセバスチャンは罪を告白するのですが、坊ちゃんは「見ろ」といって、セバスチャンが育てた美しい世界を指し示します。
坊ちゃんは、セバスチャンは知らず知らずのうちに、すでに罪の償いを終えていると言いたかったのだと思います。セバスチャンが絶望の果てから創り出したこの美しい世界、それがお前の償いだったのだと。
●ラストについて
ラストについては語ることがありません。書き切りました。