悪戯

 突然、春風が入って来て、カウンターの奥で手持ち無沙汰に銀のリングを磨いていた私は、顔を上げた。
 目の前に、端整な顔立ちの青年がにこやかな笑みを浮かべて立っている。思わず息を呑んで、その涼しげな眼差しに見蕩れていると、青年が親しげに声をかけた。
「婚約指輪を探しているのですが」
「は……は、はい」
 情けないほど上擦った声でつっかえながら返事をし、専用のコーナーへ男を案内する。男はガラスケースの中を興味深げに覗き込んだ。
「どのようなリングがよろしいでしょうか?」
「そうですね……」
 ふむ、と男は顎に手を添えた。輝くように白い手袋が目を引く。
「まず……石の色はブルーで、台はプラチナ、いやゴールドでもいいですね。ゴージャスなデザインが私は好きなのですが、つける方が華奢なので、たぶんシンプルなもののほうが指に合うでしょう」
「それでは、こちらなどはいかがでしょうか」
 私は素早く天鵞絨を張ったトレーに、幾つかのリングを乗せ、男の前に差し出した。
「サファイア、アクアマリン、透明でなくてもよろしければトルコ石もおすすめです」
「ブルーダイヤはありませんか?」
「えっ?」
「伝説のホープダイヤのかけらでも……と思ったのですが」
 困惑する私の顔を見て、冗談ですよと安心させるように男は言う。
 さて、とあらためてトレーの上の指輪を見渡し、
「坊ちゃんは、どれがお好きなのだろう」
 と呟いた。
「ほェッ? ぼっ……ちゃん?」
 またもや、素っ頓狂な声を出してしまった。
 こら、私。何年この仕事をやっているのだ。
 どんなお客様にも、落ち着いて品の良いプロの接客をせねば。
 男は、相手の性別に私が驚いたと思ったらしい。
「嗚呼、男性は男性なのですが、女性のように可愛らしいお方で……」
「おいっ! いつまで待たせるんだ」
 また春風が店にふわっと吹き込んで、小さな男の子が駆け寄って来た。
「さっさと決めてこいと言ったろう! まったく……ああ、レディ、これは失礼いたしました。うちの執事が長々とお邪魔してしまいまして」
 私に気付いて、彼はとても礼儀正しいお辞儀をした。
「い、いえ、大丈夫です」
 本当に綺麗な少年だ。私はぽかんと口を開けてしまった。
「坊ちゃん、どれがよろしいですか?」
「ううう、僕に選ばせるのか。お前のほうが得意だろう、こういうのは」
 ふたりで漫才のような掛け合いをしながら、相談している。
「私が決めてもよろしいのですか?」
「まかせると言ったろう。さっさと決めろ、馬鹿者」
「では……」
 男はしばし逡巡した末に、ひとつのリングを選んだ。
「こちらをお願いいたします」
 サイズを確認しようとすると、男は静かに首を横に振った。
「ぴったりだと思いますよ」
 そう言って、指輪を少年の左の薬指に嵌める。
「いかがです?」
「フン、悪くはない」
「いまのは、『とても気に入った』ということなんですよ」
 男が私に少年の反応を説明すると、みるみる少年の頬が赤くなり、
「貴様っ、余計なことを言うな!!」
 と怒鳴りつけた。慣れているとみえて、男は穏やかに微笑んだまま、少年をなだめている。
 会計を済ませると、ふたりは言葉少なに礼を告げて、次の用事でもあるのか、慌ただしく店を出て行ってしまった。

 誰もいなくなった店内で、私はしばらくの間、茫然としていた。
 だって。
 いまのふたりはーー。

 私がスマホで書いている、あの彼らにそっくりだったのだもの。

FIN

■紫詰草サマ、お誕生日おめでとうございます!