その名は…

遅れてしまいましたが、今年の悪魔の日SSです。
セバスチャンという名は、もともと坊ちゃんちの犬の名前だけれども、なんで名字をミカエリスにしたのかなって。
きっとこんなワケがあったに近いないという妄想SSです。
セバスはフルネームで呼ばれるたびに「けっ」って、人間を嘲笑っていると思います。

       

「……ミカエリス、ですか?」
「ああ。ファントムハイヴ家の執事たるものファースト・ネームだけというわけにはいかないだろう。お前にもラスト・ネームが必要だと思ってな」
「なるほど。ですが、その名は……」
「ほう。お前、知っているのか?」
「ええ。もちろん存じあげておりますとも。百年前にフランスでご活躍なさった有名な悪魔祓い師の名前ですから。それにしても坊ちゃん、悪魔に悪魔祓いの名をつけるなんて、随分と皮肉なことをなさいますね」
「まあな。その名で縛る……とまではいかないが、多少の抑止力にはなるだろう?」
「抑止力、とは?」
「契約があるからとはいえ、所詮お前は悪魔だ。僕の見えないところで勝手に暴走しないとは限らない。聞いたところによると、その悪魔祓いは相当の腕利きだったそうじゃないか。となれば、その名をお前につければ、悪魔の暴走を少しは抑えられるんじゃないか?」
「なるほど、さすがは我が主人、契約だけでは飽き足らず、二重三重にも私を縛ろうというわけですか。確かに坊ちゃんのおっしゃるとおり、悪魔祓いのミカエリス師はどこでどう修行したのか、魔法のような術で、悪魔と人間との契約を破棄し、悪魔を地獄へ送り返していたようです。噂を聞いた人々から悪魔祓いの依頼が殺到し、彼が祓った悪魔の数はなんと6661匹にのぼったとか。一匹あたり、いったいいくらで請け負ったのでしょうね。随分と儲かったことでしょう。ふふ。
さて坊ちゃん、悪魔を次から次へと祓い、世にも稀有な悪魔祓い師として敬われ、莫大な富を築いたミカエリス師が、その後どのような最後を迎えたのかご存知ですか」
「……知らない」
「凍てつくような寒い朝、6661片の細かい肉片となって、町はずれの墓地で発見されたのです」
「……魂を喰いそこなった悪魔たちに復讐されたのか?」
「まさか。坊ちゃん、悪魔は合理的な生き物です。復讐なんて無意味なことをするわけがありません。彼を……悪魔祓い師のセバスチャン・ミカエリスを屠ったのは、悪魔ではなく、人間でした」
「えっ?」
「それも、彼が悪魔を祓ってやった人間に、殺されたのです」
「どうして……」
「おや、坊ちゃん、そんなこともおわかりにならないのですか。やれやれ、そんな脆弱なおつむでは先が思いやられます。よくお考えください。なぜ、人間は悪魔と契約をするのです? 坊ちゃんの場合はどうでしたか?」
「僕は──復讐を遂げるために、お前という力が欲しかった」
「そうです、目的を果たすために、望みを叶えるために、ヒトは悪魔と契約するのです。自分の魂を悪魔に売ってまで叶えたい願いですよ。それがどれほど強く切ない願いか、坊ちゃんならおわかりでしょう?」
「……」
「ところが、せっかく悪魔と契約を結んだのに、本人の意思を無視して、家族や友人たちが勝手に悪魔祓い師を呼び、悪魔を祓ってしまった。契約は反故され、願いは叶えられなくなってしまいました。大いなる犠牲を払って、悪魔を喚んだのに……なにもかも無駄になってしまった。
彼らは心の底から悪魔祓い師を恨みました。憎みました。呪いました。
その中の誰かひとりが……あるいは全員だったかもしれませんが、悪魔祓い師を連れ去り、その身体を生きたまま苛み、切り刻み、骨を砕いてたのです。
嗚呼。人間って本当に面白い生き物ですね。

さて、坊ちゃん。請われて悪魔を祓ったのに、祓ってやった人間に感謝されるどころか、無惨にも殺された間抜けな悪魔祓い師『セバスチャン・ミカエリス』の名は、私という悪魔を縛ることができるのでしょうか? 
その名はそれほど、力のあるものなのでしょうか?
さあ、坊ちゃん。答えて?」